ここでは、最も重要な3人の後期ストア派哲学者、マルクス・アウレリウス、セネカ、エピクテトスのうち、ローマ皇帝としてその一生を終えることになるマルクス・アウレリウスについてご紹介します。
哲人皇帝の軌跡
名門貴族の家に生まれる
マルクス・アウレリウスは、紀元121年にローマ帝国の名門貴族の家に生まれました。彼の父マルクス・アンニウス・ウェルスは早くに亡くなり、彼は祖父や母、叔母たちに育てられました。幼少期から皇帝ハドリアヌスの寵愛を受け、将来の指導者としての道が開かれていきました。
ストア派哲学との出会い
彼は、アテネ出身の修辞学者ヘロデス・アッティクスやラテン語教師マルクス・コルネリウス・フロントから教育を受け、これが彼の思想形成に大きな影響を与えました。特に、彼はストア派哲学に深く惹かれ、教師ルスティクスを通じて奴隷出身の哲学者エピクテトスの教えに触れることができました。
マルクスは、ストア派のシンプルで自律的な生活に影響を受け、粗末な服を着て床に寝ていたことがあり、母親に心配されて注意されたというエピソードもあります。
このような経験は、彼が哲学者としての理想を追求し、哲学者としての未来を思い描いていたていたことを物語っています。
エピクテトスとマルクス・アウレリウスの二人がともに追い求めたのは、「精神がいかにして自由となりうるか」という問いであるが、現実の生活において両者は対照的であった。一方は後に解放されたとはいえ、奴隷という不自由な境遇を生きたのに比べて、もう一方はローマでも有数の家に生まれ、皇帝ハドリアヌスの寵愛を受けて、後にみずからも皇帝となる。生まれながら自由な身の上であった。しかしながら、ストア哲学によれば、自分が生まれた境遇はなんら精神の自由を保障するものではなかった。社会的地位や財産がどれほどあろうとも、人は自分の力を超えた運命によって翻弄され、容易に奈落の底に突き落とされる。そうした外的な力に対してどのよう対処し、どのようにして精神の自由を得ればよいのか。そこに彼らの哲学の出発点があった。ー『エピクテトス 人生談義 下 』國方栄二 訳〜解説より(岩波書店)
当初、マルクスは皇帝になる予定ではありませんでしたが、皇帝ハドリアヌスの後継者問題により、義父アントニヌス・ピウスの養子として皇帝の座に近づきます。彼は執政官を2度務め、アントニヌス帝の23年間の統治のもとで貴重で実践的な教育を受けました。
ローマ皇帝に即位
161年、アントニヌス帝が亡くなると、40歳のマルクスはローマ皇帝として即位しました。彼の治世は、パルティア帝国との戦争、北方の蛮族の侵入、そして疫病など、多くの困難に満ちていました。さらに、家庭内では妻の不貞疑惑や息子コンモドゥスの問題、自身の健康問題にも悩まされました。それでも彼は、ストア派哲学を実践し続け、困難に立ち向かいました。
皇帝となった後も、マルクス・アウレリウスは哲学者としての一面を持ち続け、戦場で『自省録』を執筆しました。この著作は、彼の内省と哲学的思索を集大成したものであり、後世に大きな影響を与えています。
自省録に秘められた思い
皇帝としての重責を担いながら、人生最後の10年間にわたり『自省録』を執筆し、ストア哲学を実践し続けた姿は、仰ぎ見るロールモデルとしてこれ以上の人物はいないでしょう。
彼の死後、皇帝となった息子のコンモドゥスに、マルクスの哲学的な教えは受け継がれませんでした。それでも、彼の生涯とストア派哲学は、現代においても多くの人々に人生の指針を提供し続けています。
『自省録』の中で、マルクスは「お前はもう哲学者ではないのだ」と自らに問いかけ、葛藤しています。
「つぎのこともまた虚栄心を棄てるのに役立つ。君の生涯全体、あるいは少なくとも君の若いとき以来の生涯を、哲学者として生きたとするわけにはもういかない、という事実だ。多くの他人や君自身にも明らかなことだが、君は哲学から遠く離れている。だから君は面目を失い、もはや容易なことでは哲学者としての名声をかちうることはできない。」ー『自省録』マルクス・アウレリウス
マルクス・アウレリウスの生涯は、哲学と権力の間での葛藤を示しながらも、知恵と美徳に基づく統治の可能性を示したものでした。彼の生涯から学べることは、人生にいかに向き合うかということです。ストア派哲学は、今もなお私たちに価値ある教えを提供しています。
マルクス・アウレリウス 自省録
『自省録』は、ローマ皇帝マルクス・アウレリウスの私的な思索を記した独特の書物です。彼は毎晩、精神的な訓練を行い、どんな状況でも謙虚さや忍耐、共感、寛容さ、強さを保つための自己省察を記しました。この点で、『自省録』は現代で言う「ジャーナリング」に非常に近いものと考えられます。ジャーナリングとは、日々の出来事や感情、思考を自由に書き留めることで自己理解を深め、精神的な整理を行う手法です。『自省録』も同様に、マルクス・アウレリウスが自分自身のために書いたノートであり、彼の内面の探求と自己改善を目的としています。実践的な哲学の体現として、多くの人々に影響を与え続けています。