だから、白髪であるとか、顔にしわがあるからといって、その人が長く生きたと考える理由にはならない。その人は長く生きたのではなく、ただ長く存在しただけなのだ。あなたはどう思うだろうか、港を出るやいなや激しい嵐に見舞われ、さまざまな方角から吹き荒れる風に翻弄され、同じコースをぐるぐると廻り戻ってきた者を、長い航海をしたのだと考えるだろうか?彼は長い航海をしたわけではなく、ただ翻弄されただけなのだ。- セネカ『生の短さについて』
And so there is no reason for you to think that any man has lived long because he has grey hairs or wrinkles; he has not lived long—he has existed long. For what if you should think that that man had had a long voyage who had been caught by a fierce storm as soon as he left harbour, and, swept hither and thither by a succession of winds that raged from different quarters, had been driven in a circle around the same course? Not much voyaging did he have, but much tossing about. – On the Shortness of Life: Seneca
「だから、白髪であるとか、顔にしわがあるからといって、その人が長く生きたと考える理由にはならない。その人は長く生きたのではなく、ただ長く存在しただけなのだ。」
あなたは「生きる」ことと「存在する」ことの違いを考えたことがありますか?単に年を重ねることと、充実した人生を送ることは同じではありません。セネカは続けて、印象的な比喩を用いています。
「あなたはどう思うだろうか、港を出るやいなや激しい嵐に見舞われ、さまざまな方角から吹き荒れる風に翻弄され、同じコースをぐるぐると廻り戻ってきた者を、あなたは長い航海をしたのだと考えるだろうか?彼は長い航海をしたわけではなく、ただ翻弄されただけなのだ。」
この航海の比喩は、私たちの人生にも当てはまるのではないでしょうか。日々の忙しさに追われ、同じ場所をぐるぐると回っているだけではないでしょうか。本当の意味で「航海」、つまり人生の旅を楽しんでいるでしょうか。セネカの言葉は、私たちに以下のことを考えさせます:
- 人生の質を量るものさしは何か?
- 「生きる」ことと「存在する」ことの違いは何か?
- 私たちは人生という航海で、どこに向かっているのか?
- 日々の「翻弄」から抜け出し、真の意味での「航海」をするには何が必要か?
これらの問いに答えることは簡単ではありません。しかし、考え続けることが重要です。
ストア派の哲学者たちも実践していたとされる自己省察の習慣は、現代のジャーナリングと通じるものがあります。ジャーナリングは、あなたの人生という航海を見つめ直すことのできる優れたツールとなるでしょう。
Remember, it’s not about how long you live, but how well you live.セネカの古代の知恵が、現代を生きる私たちの人生をより豊かにする羅針盤となるのです。
セネカは紀元前4年頃、現在のスペインにあたるコルドバで生まれ、ローマ帝国の哲学者、政治家、劇作家として名を馳せました。ストア派哲学の代表的思想家でありながら、大資産家として富を築き、若い皇帝ネロの家庭教師を務め、権力の中枢にまで上り詰めました。この生き方は、しばしばストア哲学との矛盾を批判されました。しかし、実はそこに現代を生きる我々への大いなるヒントが秘められています。『人生の短さについて』や『怒りについて』など、彼の著作は今なお広く読まれ、富を手にしながら自分を見失うことなく、幸せと自由を追求する術を与えてくれます。