Email-マルクス・アウレリウス

現在あることも、これから起こることも、物事がいかに速く過ぎ去り、消えていくかを心に留めよ…

現在あることも、これから起こることも、物事がいかに速く過ぎ去り、消えていくかを心に留めよ。存在は、川のように私たちの傍らを流れ去り、それが「何」であるかは絶え間なく変化し、「なぜ」そこに存在するのか理由は千変万化する。安定したものは何もない、目の前にあるものさえもだ。過去と未来の無限に広がる谷間が私たちの目前に広がるーその深淵を私たちは捉えきれない。- マルクス・アウレリウス『自省録』

Keep in mind how fast things pass by and are gone—those that are now, and those to come. Existence flows past us like a river: the “what” is in constant flux, the “why” has a thousand variations. Nothing is stable, not even what’s right here. The infinity of past and future gapes before us—a chasm whose depths we cannot see. – Meditations: Marcus Aurelius

川は刻々とその姿を変え、人生は絶え間ない変化の内にある。

マルクス・アウレリウスの言葉は、私たちに人生の無常さと、今この瞬間の大切さを教えてくれます。

私たちは日々の忙しさに追われ、時間の流れを見失いがちです。

彼は「現在あることも、これから起こることも、物事がいかに速く過ぎ去り、消えていくかを心に留めよ」と自分に語りかけています。

この言葉は、単に人生の短さを嘆くものではありません。むしろ、今この瞬間に集中し、意識的に生きることの重要性を説いているのです。

「存在は、川のように私たちの傍らを流れ去る」というイメージは、私たちの周りで絶え間なく起こる変化を表しています。何も永遠に続くものはなく、すべては変化し、流れていきます。

「安定したものは何もない、目の前にあるものさえもだ」という認識は、今この瞬間を大切にしながら、同時に変化を受け入れる心構えを持つことを促しています。

「過去と未来の無限に広がる谷間が私たちの目の前に広がる」という表現には、いかに人間の認識には限りがあるかということを思い知らされます。同時に、この深淵を前に、私たちは謙虚に今この瞬間の尊さを感じることができるのです。

参考文献

マルクス・アウレリウスとは?

121年4月26日、ローマの地に誕生したマルクス・アウレリウスは、後にローマ帝国の第16代皇帝となり、善政を行った五賢帝の最後の皇帝として名を馳せます。現代の我々から見ると、彼は優れたリーダーシップと深い自己省察を兼ね備えた稀有な存在です。彼が残した『自省録』は、戦場や宮廷の喧騒の中にありながら、自身のストア哲学実践のために綴られ続けたものです。その思想と行動を、後に多くの歴史上の偉人やリーダーたちが手本とした人物としても広く知られています。

 

あなたは朝派?夜派?

あなたのジャーナリングの時間は朝ですか?夜ですか?私は起きてすぐの、早朝派です。思考に雑念が入り込む前の、澄んだ意識の状態を狙って書き始めると、ペンがよく走ります。

ただ私の場合、寝起きのコンディションによってペンの重さが変わります。眠りの質が悪く、憂鬱な気分で目覚めたり、悪い夢の途中だったりすると、集中できる状態になるまで少し時間がかかります。寝起きのコンディションがジャーナリングに影響を与えてしまうんです。

しかし…哲人皇帝マルクス・アウレリウスなら、こんな弱々しい言葉は決して口にしなかったでしょう。彼は10代の頃、哲学に傾倒し始めると、粗末な哲学者風の衣服で過ごし始め、さらにギリシア的鍛錬法を実践。母親から注意されるまでベッドではなく地面で寝ていたといいます。地面です!私は地面で眠ることはできませんが、ストア派の教えを生活に活かすため、ジャーナリングによる自己省察の時間を少しでも充実させようと、、ベッドのマットを新調しました。目覚めの状態が良くなり、ペンの走りは快調です。哲人たちには物足りないと言われそうですが、これも私なりのストア派の実践です。